@rubberyuzu のぶろぐです

2014年1月27日月曜日

ブログ移行しました

今後はこっちを使うことにしました!
https://medium.com/@rubberyuzu
今後ともよろしくおねがいします。

2014年1月18日土曜日

遺書いずまじでやばい


先日公開した記事に対して,予想外に「この前は話聞きたいって言ってごめんなさい」という謝罪メッセージを(まぁまぁな数)いただきました。
そういうつもりで書いたわけではなかったのでちょっとびっくりしました。
自分が築き上げたなにかを,みずからちょっとかき乱してしまった。

でも,これからも嘘はつかないときめました。
大勢の人を相手に嘘をついて,それで角がとれて(というか角をとって),大勢の人に認められてしまったりなんかしたら,
自分はきえてしまうからね!

逆に,嘘をついた時は嘘をついたと言えるようにしないといけない。
かわいいね〜とか,やさしいんだね〜とか,今度ご飯食べよう〜とかね。



え?なんで急にこんなに赤裸々かって?
それはね,遺書を読んでいるからだよ〜〜!



2014年1月16日木曜日

似非成人


先日「”お話聞きたい”と言われるのがどんな状況においても苦手」という主旨のツイートをしたところ仲の良い友人から「俺 話聞きたいってゆずにけっこう言ってるよね?」とつっこまれ,あぁでもこの人からそんな風に言われても別に嫌じゃないなぁ,というプチ自己矛盾に気づきました。
相手と仲が良いかどうか,というのは意外と関係なくて,仲が良くても「話ききたい」と言われて変なショックを受けてしまうことがある。あんまり知らない人でも,素直に「あぁこの人と喋りたい」と思うこともある。
どういうことだろう,と思ってたのが成人の日にちょこっと解決したのでメモしておきます。
(この記事において,ゆずは話を聞く価値がある人間なのかという部分は完全にオン・ザ・シェルフさせて頂いて(ー▽ー))

自分のここまでのライフを振り返ると,大学入学がかなり大きな節目になっていたように思われた。
初めてのキャンパスライフ。
成績が全てだった生活から,成績以外が全てと言われる生活になった。
大きな目標を達成したぞと思ったら周り全員から,ゴールじゃないスタートだと言われた。
それでサークル活動にバイトに授業にとかなり慌ただしい生活を送るようになった。
初めて自分でお金を稼ぐようになった。
夜すごく遅くに家に帰るようになって,それまで徒歩通学だったのが毎日のように終電の時間を調べるようになった。
全く新しいコミュニティにどんどん属していった。コミュニティに入るために忙しくしたと言ったほうが正確かしら。
大人にたくさん会うようになった。たくさん会えるように頑張った。
お化粧をするようになった。
初めて恋人が出来たのも大学に入ってからだった。
6年間毎日一緒に過ごしていた高校の友だちも皆忙しくなった結果わりと疎遠になり,月に一度も集まれなくなった。
大好きだったお笑いも,ライブに行く時間がなくなってもっぱら動画ばかり観るようになった。
そんなわけで自分は大学に入って全く違う人間になった。と思った。

が,先日の成人の日には成人式イベントに複数アテンドして,保育園・小学校・中学校・高校の友達や先生にお会いする機会にめぐまれて,いろいろ思い出したの。

わたしなにもかわっていなかった。
なにもかわっていなかったんだよ。
特に高校生くらいからの数年間は,ずっと同じひとだった。

もちろん変わったものもたくさんあって,環境も友達も自分の能力も知識も喋り方も選択肢も視野も前とは全然ちがう。
でも,自分が例えば,おとなに対して感じるものだったり,勉強することに対して感じるものだったり,努力することに対して感じるものだったり,友達に対して感じるものだったり,家族に対して感じるものだったり,お笑いに対して感じるものだったりは,
ずっと一緒だった。ずっと変わっていなかった。
根源的なことはずっと同じだった。
ん〜と,吐き気がするくらい嫌だ,と思っているものに対して,昔も同じように感じていたし,それを表現してきたって感じかな。
大好きなものを大好きな理由も,昔から実は変わっていなかったんだ。
そう,行動の幅は狭かったけど,おなじものに基いて動いていた。
そんなことを急に思い出したんです。

それがね,ちょっとびっくりだったわけ。自分はまったく違う人間になったと思ってたから。

でね。
高校生時代の私に「話ききたい」なんて言うひと1人もいなかったんだよ。
ま,一塊の受験生に話ききたい人なんていないの,当たり前じゃない。それは分かるの。
それが,東京大学に入った,国際交流系の割と人気なサークルに入った,国際政治経済のゼミに入った,教育系のボランティアをした,イベント運営をした,奨学金をとった,留学をした,プログラミングを始めた,となってゆくにつれて,まぁまぁな数のひとに,先輩後輩同輩とわず「話きかせてください」と言われるようになってきたわけ。
ま,確かに有している情報量が確実に多くなっていることは間違いないの。それはそうなの。
でもね,私がいま上にあげたうちの例えばどれかひとつを経験をしていなかったら,「話ききたい」なんて言ってこない人もいると思うの。
んと,私という人間の性格とか中身ではなくて,私が持ってるある情報だけに惹かれて「話ききたい」コールをくれる人っていうのもいるでしょ。
この人は私に興味があるわけではないんだ,っていうのって,意外にわかってしまうでしょ。
それがね,すごくこわいの。
子供はそんなことしないでしょ。
大人だけがするでしょ。
「話ききたい」というフレーズにかぎらなくて,ふつうの接し方もそうなの。
数ヶ月前,私がこんなふうだった時にはそんな喋り方してなかったでしょって。
例えば私が「がんばってるのがすごい」って言ってくれるひともいて,だからご飯をごちそうしてくれるって人もいるよね。
でも,わたしあなたに会って,あるその事を成し遂げるずっとずっと前から,わたしはがんばってたんじゃなかったか?
ある事が成し遂げられたからそれが顕在化しただけで,別にわたしは変わってないんだ。
なのに手のひら返したように人の態度が変わるのを見てしまうのは,こわい。

あ,別に,この情報が知りたいです,って言われるだけで怖い!って思うわけじゃないんだよ。
それプラス「あなたと仲良くなりたい」っていう雰囲気,それも不自然なものを感じたときだけ,怖いって思うんだよ〜〜

ここでいう「仲良くなりたい」っていうのは,大人の男の人から若い女性に向けられる,性的な感情もふくめて,ね。
(この文章で言いたいこととはずれるけど,私のなかではそれも大きな引っ掛かりである)

きっとこれを読んでくれる人はほとんどが「そんなのしょうがないでしょ〜」「それが大人になるってことだよ〜」とおっしゃるのだと思っていて,
すごく理にかなっているし,きっとそうなのだろうな〜と思うんだけれど,
それでもね,この感覚を失ってしまうくらいなら,大人になんて,なりたくないと思うんだよ。
他の同い年のともだち皆が「大人の責任が」「成人として」「気の引き締まる思い」と言っているのをみて,うんうんと頷きつつもどこか自分で同じことを言えなくてもやもやしていたのは,そういうことだったんだなぁ〜


わたしは一月十三日、おとなにならないことをきめたのであった。



てへぺろだこのやろう!!!!(ーー)